精神科病院における内科医の役割

   

―病気を一つずつ診るのではなく、その人の暮らしと人生を診る―

現在、私は愛媛県内の二つの精神科病院に、内科医として関わっています。

私は精神科を専門としているわけではありません。一方、産業医として多くのメンタルヘルス事例に関わり、心療内科的な視点から人を診ることも長く続けてきました。

そんな私が精神科病院で内科診療を続ける中で、最近改めて考えることがあります。

「精神科病院における内科医の役割とは何なのだろうか」

ということです。

これは一般病院の内科診療とは、少し違うように感じています。


精神疾患があっても、身体は一つ

精神科病院に入院している患者さんは、当然ながら精神疾患の治療を目的として入院されています。

しかし、患者さんの身体が「精神科」と「内科」に分かれているわけではありません。

特に長期療養されている方や高齢の患者さんでは、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病をはじめ、心疾患、腎機能障害、肝機能障害、貧血、感染症、便秘、浮腫など、いくつもの身体的な問題を併せ持っていることが珍しくありません。

加齢による変化もありますし、活動量、食生活、喫煙、服薬なども身体状態に影響します。

そして精神科薬物療法そのものが、体重、血糖、脂質、循環器系などに影響することもあります。

だからこそ、精神疾患だけを診ていればよいわけではありません。

「精神疾患を持ちながら生活している一人の人」として身体全体を診る。

ここに、精神科病院に内科医がいる意味の一つがあると思っています。


ただし、「数値を正常化すること」が目的ではない

ここで大切なのは、精神科病院の内科診療を、急性期病院や専門外来と同じように考えないことだと思います。

例えば血圧が少し高い。

HbA1cが少し上昇した。

肝機能や腎機能の数字が少し動いた。

一般の専門外来であれば、さらに詳しい検査を行い、厳密な目標値を設定して治療を強化することもあるでしょう。

もちろん、必要な場合には精神科病院でもきちんと対応しなければなりません。

しかし、数字を正常範囲に入れることだけを追いかけて、患者さんに次々と検査や治療を追加していくことが、その人にとって本当に良い医療なのか。

私はそこをいつも考えます。

精神科病院において最も大切なのは、やはり本来の目的である精神科治療です。

精神状態が安定し、安心して日常生活を送ることができる。

そのことを身体面から支えるのが内科医の役割だと考えています。


「治療しない」のではなく、「何のために治療するのか」を考える

これは決して、身体疾患を軽く扱うという意味ではありません。

むしろ反対です。

血圧、血糖、腎機能、肝機能、貧血、栄養状態、体重、浮腫などを継続的に見ながら、

「これは今、治療を強化する必要があるのか」

「しばらく経過を見ることができるのか」

「薬を増やすことで、むしろ本人の生活に負担を与えないか」

「精神科治療とのバランスはどうか」

と考えます。

一つの検査値だけを見るのではなく、その人全体の中で、その数字が何を意味しているのかを考える。

私はこれを非常に大切にしています。


精神科治療を尊重した内科診療

精神科病院で内科医が仕事をするうえで、もう一つ重要なのが精神科医との関係です。

精神科の薬には、それぞれ治療上の意味があります。

内科的な副作用が疑われたからといって、内科医が数字だけを見て「この薬をやめた方がいい」と簡単に判断できるものではありません。

その薬によって精神状態が安定しているかもしれません。

薬を変更することで、これまで保たれていた生活が崩れる可能性もあります。

だから私は、

内科的にどうするのが正しいか

だけではなく、

この患者さんにとって、精神科治療と身体管理をどう両立するのがよいか

を考えるようにしています。

精神科医、看護師、薬剤師、栄養士をはじめとしたスタッフとの相談が非常に重要になります。

内科医が主役になるのではありません。

精神科医療という大きなチームの中に、身体面を見る内科医がいる。

私はそんな位置づけが自然だと思っています。


精神科病院だからこそ、「変化を見る」ことができる

一方、精神科病院の内科診療には大きな強みもあります。

患者さんの生活を、長い時間軸で見ることができることです。

外来診療では診察室での短い時間しか患者さんを見ることができません。

しかし入院生活では、看護師や介護スタッフが毎日の食事、睡眠、排泄、歩行、表情、活動性などを見ています。

「最近食べる量が減った」

「以前より歩かなくなった」

「少し息切れするようになった」

「足がむくんできた」

「なんとなく元気がない」

こうした小さな変化が、重大な身体疾患の最初のサインであることがあります。

検査データだけではなく、日常生活そのものが重要な診療情報になる。

ここにも、精神科病院ならではの内科診療の面白さがあります。


病院の中で完結させないことも重要

もちろん、精神科病院ですべての身体疾患を治療することはできません。

高度な画像診断や専門的治療、手術、急性期管理などが必要になれば、一般病院や専門医療機関につなぐ必要があります。

そこで重要なのが、

「ここで診るもの」と「外につなぐもの」を見極めること

です。

内科医の役割は、自分ですべて治療することではありません。

重大な病気を見逃さず、必要なタイミングで診断を進め、必要であれば適切な専門医療につなぐ。

そして戻ってこられた後は、再び日常の中で支えていく。

私はこの判断も、精神科病院における内科医の重要な専門性だと感じています。


人生の最終段階にも内科医は関わる

長期療養や高齢化が進めば、当然ながら人生の最終段階を迎える患者さんもおられます。

そのとき、医療の目的はさらに変化します。

何とか検査値を改善することでも、できる治療をすべて行うことでもありません。

苦痛をできるだけ少なくする。

食べられるものを楽しんでもらう。

安心できる環境をつくる。

そして、本人やご家族の思いを大切にしながら、その人らしい最期を支える。

ここでも内科的な知識は必要ですが、それ以上に重要なのは、

「何を治療するか」ではなく「何のために医療をするのか」

を考えることだと思います。


精神科病院の内科は「生活を支える内科」ではないか

こうして考えてみると、私が精神科病院で行っている内科診療は、一般病院の内科とは少し違います。

病気を見つける。

必要な治療をする。

重症化を防ぐ。

必要なら専門医につなぐ。

もちろん、これらは大切です。

しかし、そのさらに上位にある目的は、

精神疾患を持つ一人の人が、その人なりの生活をできるだけ穏やかに続けていくことを、身体面から支えること

なのではないでしょうか。

「治すための内科」だけではなく、

「生活を支える内科」

という考え方です。


病名ではなく、一人の人として診る

精神疾患がある。

糖尿病がある。

高血圧がある。

腎機能が低下している。

高齢である。

いくつ病名が並んでも、患者さんは一人です。

だから、それぞれの病気を別々に最適化するだけでは、本当の意味でその人を診たことにはならないと思います。

精神状態、身体状態、生活機能、食事、家族、本人の希望、そしてこれからの人生。

それらを一つにつないで考える。

そして、精神科医、看護師をはじめとした多職種と相談しながら、その時々で「この人にとって何が一番大切なのだろう」と考え続ける。

最近、精神科病院で患者さんを診ながら、これこそが私がここで果たすべき内科医としての役割なのではないかと感じています。

急性期病院でも専門外来でもない。

精神科病院だからこそできる内科があります。

これからも検査値や病名だけに振り回されず、一人ひとりの患者さんの生活と人生を見ながら、精神科医療を身体面から支える内科医でありたいと思っています。


病気を診る。その先に、その人を診る。

精神科病院における内科医の仕事には、そんな医療の原点があるように思います。

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