AI時代に求められる医師を考える

― 医学部の学生たちに伝えたい、医師にとって一番大切なこと―
毎年、母校である愛媛大学医学部で、非常勤講師として公衆衛生の講義を担当しています。
今年、学生たちに投げかけた問いは、少し刺激的なものでした。
「AI時代に、医師は本当に必要なのだろうか?」
もちろん、私の答えは「必要」です。
しかし、これまでと同じ役割の医師が、そのまま必要とされ続けるかと問われれば、私はそうではないと思っています。
AIの進歩は、医療そのもの、そして医師という職業の意味を大きく変えようとしています。
だからこそ、これから医師になる学生たちには、一度原点に戻って、
「医療とは何なのか」
「医師だからこそできることは何なのか」
を考えてほしい。
そんな思いで講義をしました。
「知っていること」の価値は大きく変わる
これまで医師には、膨大な医学知識を身につけ、患者さんの症状や検査結果から病態を判断し、診断し、適切な治療を選択する能力が求められてきました。
しかしAIは、まさにこうした領域を得意とします。
大量の医学情報を瞬時に検索・解析し、画像を読み、可能性のある疾患を挙げ、治療選択肢を示す。
今後さらに進歩すれば、「医学知識をたくさん持っている」ということだけでは、医師の価値を説明できない時代がやってくるでしょう。
だからといって、医師の価値がなくなるわけではありません。
むしろ私は、AIによって、医師が本来果たすべき役割が、より鮮明になると考えています。
AIは「正解」を示せても、人を動かせるとは限らない
医療現場に長くいると、医学的に正しいことを説明しただけでは、人は必ずしも行動しないことがよく分かります。
「運動してください」
「体重を減らしてください」
「薬をきちんと飲んでください」
「仕事を休んだ方がいいでしょう」
いずれも医学的には正しいかもしれません。
しかし、その人にはその人の人生があります。
仕事があり、家族があり、経済的事情があり、価値観があり、これまで生きてきた歴史があります。
正解と、その人にとっての最善は、必ずしも同じではありません。
だから私は以前から、「正解」以上に**「納得」**が重要だと考えてきました。
患者さん自身が自分の状況を理解し、自分なりに納得して、「それならやってみよう」と一歩を踏み出す。
医療者の役割は、そのプロセスを支えることではないでしょうか。
AIがますます優れた「正解」を提示できる時代になるからこそ、この役割は一層重要になります。
医療の主役は、医師ではない
学生たちにぜひ覚えておいてほしいことがあります。
医療の主役は医師ではありません。患者さん自身です。
そして健康をつくる場所の大部分は、病院や診察室ではありません。
家庭であり、職場であり、学校であり、地域であり、毎日の暮らしそのものです。
私はこれを、
「医療は生活資源である」
と考えてきました。
医療は、人を医療の中に囲い込むためにあるのではありません。
必要なときに上手に使いながら、その人が自分らしい生活を続けるための「資源」の一つなのです。
そう考えると、医師の役割も変わって見えてきます。
「治してあげる人」から、その人自身がよりよく生きることを支援する人へ。
私は、この転換こそAI時代の医療に必要だと思っています。
これからの医師に必要な5つの力
私は学生たちに、これからの医師には医学知識に加えて、少なくとも次のような力が重要になると伝えたいと思っています。
1.人を支える力
病気だけではなく、その人の生活、仕事、家族、人生を見る。
2.意味を共有する力
「何が正しいか」だけでなく、「この人にとって何が大切なのか」を一緒に考える。
3.つながりを生み出す力
医師だけで解決しようとせず、看護師、保健師、薬剤師、福祉職、行政、職場、地域など必要な資源につなぐ。
4.セルフケアを支える力
患者さん自身が自分の健康を理解し、選択し、行動できるよう支援する。
5.問い続ける力
AIの答えをそのまま受け入れるのではなく、「本当にこの人にとってこれが最善なのか」と問い続ける。
こうした能力は、AIと競争するための能力ではありません。
AIを使いこなしながら、人間だからこそ担える医療を実現する力なのだと思います。
そして、ここに「公衆衛生」がある
私は長年、公衆衛生に関わってきました。
公衆衛生というと、学生時代には統計、疫学、感染症、予防医学などのイメージが強いかもしれません。
もちろん、それらは大切です。
しかし、公衆衛生の本質はもっと広い。
「人々が、その人らしく、よりよく生きられる社会をどうつくるか」
を考える学問であり、実践だと私は考えています。
病気になってから診察室で治療するだけではありません。
予防、健康づくり、働き方、教育、福祉、地域づくり、環境、社会制度、そして人と人とのつながり。
健康は生活と社会の中でつくられています。
この視点を持つ医師が増えることは、AI時代だからこそ非常に重要だと思います。
AI時代だからこそ、医師の価値は高められる
「AIに医師の仕事を奪われるのではないか」
そんな議論があります。
私は、少し違う見方をしています。
AIに任せられることは、どんどん任せればいい。
診断支援、情報整理、文書作成、リスク予測……。
それによって医師が、本来もっと時間を使うべきことに時間を使えるようになる。
患者さんの話を聴く。
その人の背景を理解する。
一緒に悩む。
納得できる選択肢を考える。
必要な人や地域資源につなぐ。
そして、患者さん自身が自分の人生を歩いていく力を引き出す。
AIによって医師が不要になるのではなく、AIによって「医師にしかできない仕事」に戻れるのではないか。
私はそこに大きな可能性を感じています。
未来の医師たちへ
これから医師になる皆さんが働く医療現場は、私たちが経験してきた医療とはかなり違ったものになるでしょう。
だからこそ、今ある医師像だけを目標にしないでほしいと思います。
AIより多くの知識を持つ医師を目指す必要はありません。
AIと競争する必要もありません。
AIを使いながら、それでも「あなたに診てもらいたい」と言われる医師になってほしい。
病気を見るだけでなく、人を見る。
人だけでなく、生活を見る。
生活だけでなく、その人を取り巻く社会を見る。
そして、その人自身が持っている力を信じ、それを引き出す。
私は、それが公衆衛生の視点を持った、これからの医師の姿だと思っています。
「正解」を示すだけでは、人は動かない。
「納得」が、人を前へ進ませる。
AI時代は、医療の危機なのではありません。
むしろ、
「医療とは何か」
「医師とは何のためにいるのか」
をもう一度考え直す、絶好の機会なのだと思います。