ストレスチェックを、健康経営への入口に

   

ストレスチェックに関わって10年

2016年頃から本格的に始まったストレスチェック制度に、私は産業医として長く関わってきました。

ストレスチェック実施後には、高ストレスと判定された職員との面談も数多く行ってきました。面談では、心身の状態を確認するだけでなく、仕事の負担、人間関係、上司との関係、家庭の状況、本人の考え方や仕事への思いなど、さまざまな話を聞いてきました。

こうした面談が、不調の早期発見や受診、就業上の配慮につながった事例は少なくありません。

その意味で、ストレスチェック制度は、職員が自分の状態に気づき、必要な支援につながるための仕組みとして、一定の役割を果たしてきたと思います。

一方で、制度が始まって約10年が経過した今、ストレスチェックの限界も見えてきました。

57項目だけで職場の問題が分かるのか

一般的なストレスチェックでは、57項目の「職業性ストレス簡易調査票」が用いられています。

仕事の負担、仕事に対するコントロール、上司や同僚からの支援、心身のストレス反応などを一定の方法で把握できる点には意味があります。

しかし、この57項目だけで、複雑な職場の実態を十分に分析できるかというと、私は難しいと感じています。

例えば、「上司の支援が少ない」という結果が出たとしても、その背景は一つではありません。

上司が部下と話す時間を確保できていないのかもしれません。上司自身が疲弊している可能性もあります。職場の指示系統が曖昧なのか、部下が相談しにくい雰囲気があるのか、あるいは世代や職種によって仕事に対する認識が異なっているのかもしれません。

ストレスチェックによって、「何かが起きている」ことは見えても、「なぜ起きているのか」までは十分に分からないのです。

ストレスチェックは、職場の状態を知らせるセンサーにはなります。しかし、結果の数字を見るだけで、職場の問題を理解し、適切な改善策を導き出すことはできません。

高ストレス者面談だけでは職場は変わらない

これまでのストレスチェックは、どうしても高ストレス者を見つけ、その人に面談や受診を勧めるという個人対応に重点が置かれてきました。

もちろん、目の前で困っている職員を支援することは重要です。

しかし、個人にセルフケアを勧めるだけで、職場の業務量、人間関係、役割分担、マネジメントの問題が変わらなければ、同じような不調者が繰り返し現れることになります。

また、高ストレスと判定されても、自ら面談を申し出る職員は限られています。面談を申し出た人だけを支援して、制度を実施したことにしてよいのかという問題もあります。

高ストレス者面談は、職員を判定したり、病院への受診を勧めたりするだけの場ではありません。

本人の話を丁寧に聞くことで、仕事の進め方、職場の人間関係、管理職の負担、組織の暗黙のルールなど、ストレスチェックの数字だけでは見えない職場の姿が浮かび上がってきます。

個人が特定されないよう十分に配慮しながら、面談から見えてきた共通の課題を職場改善へつなげることが、産業医や保健師に求められる重要な役割だと思います。

セルフケアを「自己責任」にしない

ストレスチェックの目的の一つに、職員自身の「気づき」があります。

ただし、セルフケアを「自分の健康は自分で管理するもの」とだけ捉えてしまうと、職員に自己責任を求めることになりかねません。

私は、セルフケアとは単なる自己管理ではなく、「自分を支援する力」だと考えています。

自分の状態に気づき、無理をしているときには立ち止まる。必要なときには周囲に相談し、助けを求める。自分に合った働き方や回復の方法を考える。

こうした力を職員一人ひとりが身につけることは大切です。

同時に、相談した人を受け止める職場、困ったときに声を上げられる職場をつくらなければ、セルフケアは機能しません。

個人の力と、それを支える職場環境の両方が必要なのです。

ストレスチェックから職場改善へ

本当の意味で職場を理解するためには、ストレスチェックの結果だけでなく、さまざまな情報を重ねて考える必要があります。

産業医や保健師との個別面談、職場巡視、職員や管理職からの聞き取り、時間外労働、休職や離職の状況、有給休暇の取得状況、ハラスメント相談、業務上のミスや事故などです。

こうした情報を組み合わせることで、初めて職場で何が起きているのかが立体的に見えてきます。

そして、職場改善は必ずしも大きな改革から始める必要はありません。

私は、「小さな声を、小さな改善につなげる」ことが大切だと考えています。

職員の声を拾い、その背景を一緒に考え、できることから小さく試してみる。そして、結果を振り返り、次の改善につなげる。

会議の持ち方を変える。仕事の優先順位を明確にする。相談する相手を決める。業務の偏りを見直す。上司と部下が話す時間をつくる。

こうした日常の小さな改善の積み重ねが、職場の安心感や信頼関係を育てていきます。

マイナスを減らすだけでよいのか

従来のストレスチェックは、どちらかといえばマイナスを減らす発想が中心でした。

高ストレス者を減らす。不調者を減らす。休職者を減らす。職場の問題を見つけて修正する。

これらはもちろん重要です。しかし、職場に求められるものは、「病気にならないこと」だけではありません。

安心して意見を言えること。自分の仕事に意味を感じられること。自分なりの工夫や挑戦ができること。周囲と支え合い、自分が役に立っていると感じられること。

つまり、職員一人ひとりが本来持っている力を発揮できる職場をつくることが重要です。

これは、問題を減らすという視点から、人と組織の可能性を引き出すという視点への転換でもあります。

ストレスチェックと健康経営

ここに、ストレスチェックと健康経営をつなぐ意味があります。

ストレスチェックが、個人や職場の状態を「測る仕組み」だとすれば、健康経営は、その結果を人と組織の成長に「変えていく仕組み」です。

ストレスチェックは年に一度ですが、健康経営は日々の経営そのものです。

職員の健康を守ることは、福利厚生だけの問題ではありません。職員の活力、働きがい、生産性、定着、サービスの質、そして組織への信頼にもつながります。

健康経営とは、制度や認定を取得することだけではなく、対話、支え合い、改善を職場の文化として育てていくことだと思います。

これからの産業保健に求められること

これからは、産業医が年に一度、高ストレス者と面談するだけでは十分ではありません。

保健師が日常的・継続的に職員や職場と関わり、小さな変化や声を拾う。産業医が医学的、就業上、組織的な視点から判断する。人事や管理職が実際の職場改善につなげる。そして、経営者が職員の健康を経営上の重要な課題として位置づける。

このようなチームによる産業保健が必要です。

ストレスチェックへの対応にとどまらず、そこを契機として、健康相談、長時間労働、メンタルヘルス、休職・復職、治療と仕事の両立支援、職場環境改善へと活動を広げていく必要があります。

ストレスチェックを「入口」にする

ストレスチェック制度そのものを否定する必要はありません。

大切なのは、ストレスチェックだけですべてが分かると思わないことです。

ストレスチェックを、高ストレス者を選び出すためだけの制度にしない。結果を職員に返して終わりにしない。集団分析の数字を眺めるだけにしない。

そこから対話を始め、職場で起きていることを理解し、小さな改善を積み重ねていく。

課題や不調を減らすだけでなく、職員一人ひとりが本来持っている力を発揮できるよう、縁と環境を整えていく。

ストレスチェックを「職場の問題を探す道具」から、「よりよい職場を一緒につくる入口」へ。

その先にこそ、本当の意味での健康経営があるのではないでしょうか。

ストレスチェックを、健康経営への入口に

ストレスチェックに関わって10年

2016年頃から本格的に始まったストレスチェック制度に、私は産業医として長く関わってきました。

ストレスチェック実施後には、高ストレスと判定された職員との面談も数多く行ってきました。面談では、心身の状態を確認するだけでなく、仕事の負担、人間関係、上司との関係、家庭の状況、本人の考え方や仕事への思いなど、さまざまな話を聞いてきました。

こうした面談が、不調の早期発見や受診、就業上の配慮につながった事例は少なくありません。

その意味で、ストレスチェック制度は、職員が自分の状態に気づき、必要な支援につながるための仕組みとして、一定の役割を果たしてきたと思います。

一方で、制度が始まって約10年が経過した今、ストレスチェックの限界も見えてきました。

57項目だけで職場の問題が分かるのか

一般的なストレスチェックでは、57項目の「職業性ストレス簡易調査票」が用いられています。

仕事の負担、仕事に対するコントロール、上司や同僚からの支援、心身のストレス反応などを一定の方法で把握できる点には意味があります。

しかし、この57項目だけで、複雑な職場の実態を十分に分析できるかというと、私は難しいと感じています。

例えば、「上司の支援が少ない」という結果が出たとしても、その背景は一つではありません。

上司が部下と話す時間を確保できていないのかもしれません。上司自身が疲弊している可能性もあります。職場の指示系統が曖昧なのか、部下が相談しにくい雰囲気があるのか、あるいは世代や職種によって仕事に対する認識が異なっているのかもしれません。

ストレスチェックによって、「何かが起きている」ことは見えても、「なぜ起きているのか」までは十分に分からないのです。

ストレスチェックは、職場の状態を知らせるセンサーにはなります。しかし、結果の数字を見るだけで、職場の問題を理解し、適切な改善策を導き出すことはできません。

高ストレス者面談だけでは職場は変わらない

これまでのストレスチェックは、どうしても高ストレス者を見つけ、その人に面談や受診を勧めるという個人対応に重点が置かれてきました。

もちろん、目の前で困っている職員を支援することは重要です。

しかし、個人にセルフケアを勧めるだけで、職場の業務量、人間関係、役割分担、マネジメントの問題が変わらなければ、同じような不調者が繰り返し現れることになります。

また、高ストレスと判定されても、自ら面談を申し出る職員は限られています。面談を申し出た人だけを支援して、制度を実施したことにしてよいのかという問題もあります。

高ストレス者面談は、職員を判定したり、病院への受診を勧めたりするだけの場ではありません。

本人の話を丁寧に聞くことで、仕事の進め方、職場の人間関係、管理職の負担、組織の暗黙のルールなど、ストレスチェックの数字だけでは見えない職場の姿が浮かび上がってきます。

個人が特定されないよう十分に配慮しながら、面談から見えてきた共通の課題を職場改善へつなげることが、産業医や保健師に求められる重要な役割だと思います。

セルフケアを「自己責任」にしない

ストレスチェックの目的の一つに、職員自身の「気づき」があります。

ただし、セルフケアを「自分の健康は自分で管理するもの」とだけ捉えてしまうと、職員に自己責任を求めることになりかねません。

私は、セルフケアとは単なる自己管理ではなく、「自分を支援する力」だと考えています。

自分の状態に気づき、無理をしているときには立ち止まる。必要なときには周囲に相談し、助けを求める。自分に合った働き方や回復の方法を考える。

こうした力を職員一人ひとりが身につけることは大切です。

同時に、相談した人を受け止める職場、困ったときに声を上げられる職場をつくらなければ、セルフケアは機能しません。

個人の力と、それを支える職場環境の両方が必要なのです。

ストレスチェックから職場改善へ

本当の意味で職場を理解するためには、ストレスチェックの結果だけでなく、さまざまな情報を重ねて考える必要があります。

産業医や保健師との個別面談、職場巡視、職員や管理職からの聞き取り、時間外労働、休職や離職の状況、有給休暇の取得状況、ハラスメント相談、業務上のミスや事故などです。

こうした情報を組み合わせることで、初めて職場で何が起きているのかが立体的に見えてきます。

そして、職場改善は必ずしも大きな改革から始める必要はありません。

私は、「小さな声を、小さな改善につなげる」ことが大切だと考えています。

職員の声を拾い、その背景を一緒に考え、できることから小さく試してみる。そして、結果を振り返り、次の改善につなげる。

会議の持ち方を変える。仕事の優先順位を明確にする。相談する相手を決める。業務の偏りを見直す。上司と部下が話す時間をつくる。

こうした日常の小さな改善の積み重ねが、職場の安心感や信頼関係を育てていきます。

マイナスを減らすだけでよいのか

従来のストレスチェックは、どちらかといえばマイナスを減らす発想が中心でした。

高ストレス者を減らす。不調者を減らす。休職者を減らす。職場の問題を見つけて修正する。

これらはもちろん重要です。しかし、職場に求められるものは、「病気にならないこと」だけではありません。

安心して意見を言えること。自分の仕事に意味を感じられること。自分なりの工夫や挑戦ができること。周囲と支え合い、自分が役に立っていると感じられること。

つまり、職員一人ひとりが本来持っている力を発揮できる職場をつくることが重要です。

これは、問題を減らすという視点から、人と組織の可能性を引き出すという視点への転換でもあります。

ストレスチェックと健康経営

ここに、ストレスチェックと健康経営をつなぐ意味があります。

ストレスチェックが、個人や職場の状態を「測る仕組み」だとすれば、健康経営は、その結果を人と組織の成長に「変えていく仕組み」です。

ストレスチェックは年に一度ですが、健康経営は日々の経営そのものです。

職員の健康を守ることは、福利厚生だけの問題ではありません。職員の活力、働きがい、生産性、定着、サービスの質、そして組織への信頼にもつながります。

健康経営とは、制度や認定を取得することだけではなく、対話、支え合い、改善を職場の文化として育てていくことだと思います。

これからの産業保健に求められること

これからは、産業医が年に一度、高ストレス者と面談するだけでは十分ではありません。

保健師が日常的・継続的に職員や職場と関わり、小さな変化や声を拾う。産業医が医学的、就業上、組織的な視点から判断する。人事や管理職が実際の職場改善につなげる。そして、経営者が職員の健康を経営上の重要な課題として位置づける。

このようなチームによる産業保健が必要です。

ストレスチェックへの対応にとどまらず、そこを契機として、健康相談、長時間労働、メンタルヘルス、休職・復職、治療と仕事の両立支援、職場環境改善へと活動を広げていく必要があります。

ストレスチェックを「入口」にする

ストレスチェック制度そのものを否定する必要はありません。

大切なのは、ストレスチェックだけですべてが分かると思わないことです。

ストレスチェックを、高ストレス者を選び出すためだけの制度にしない。結果を職員に返して終わりにしない。集団分析の数字を眺めるだけにしない。

そこから対話を始め、職場で起きていることを理解し、小さな改善を積み重ねていく。

課題や不調を減らすだけでなく、職員一人ひとりが本来持っている力を発揮できるよう、縁と環境を整えていく。

ストレスチェックを「職場の問題を探す道具」から、「よりよい職場を一緒につくる入口」へ。

その先にこそ、本当の意味での健康経営があるのではないでしょうか。

 - その他